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成相寺修行僧の古道2 中野道

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まずは雪舟の天橋立図の成相寺の部分である。
この天橋立図は、国宝で、現在、京都国立博物館に展示されている。
室町中期の作品である。
下の写真は、桃山時代の成相寺参詣曼荼羅である。
現在の成相寺より、格段に規模が大きく、沢山の建物がある。

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今回紹介する古道は、少し西寄りの中野道である。
この道も現在でも機能している奈良時代からの主要道である。
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成相寺は、成相寺古記によると、704年に建立されてから、精舎、舞台、鐘楼、五重塔、三重塔、多宝塔、阿弥陀堂、薬師堂、地蔵堂、惣門などがあった。
しかし、1400年に山が崩れ、本堂が倒壊し、再建されている。
参詣曼荼羅は、境内再建後の資料として、貴重である。
中野道は、本坂道ともいわれ、中世の、主要ルートである。
途中、お地蔵さんや、道しるべのような石仏、石造物を見かける。

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途中からは、道に草が茂り倒木もあり、道も荒れ放題であるが、バス道に辿り着ける。

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成相寺修行僧の古道 大谷道

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成相寺の古道の大谷道に向かう。
府中のお土産屋街の坂道を歩き、笠松公園行きのケーブル、リフト乗り場横に、
登山道がある。
笠松公園まで、綺麗な階段となっているが、よく滑るので、注意。

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整備された階段の大谷道は落ち葉が蓄積されてはいたが、 約1キロメートルも登れば、笠松公園に 到着する。 先程までの薄暗い階段状の歩道から一気に開ける。 流石に日本三景の一つだけあって、素晴らしいロケーションである。 運良く?大雨洪水警報の出た、嵐の翌日だったので、野田川の土砂が内海の阿蘇海に流れ込み、 内 海はかなり濁っていた。 外海からの潮の流れで、このような野田川から流れてきた土砂がぶち当たり、砂州が出来、 現在の ような天橋立が出来たのである
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天橋立を境に、水の色が違うのが解る。
いつもは、とても綺麗なので、貴重な一日であった。
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ここからさらにバス道を2km程度登れば
山門に出る。

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西国二十八番成相寺

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成相寺


西国二十八番成相寺は、天橋立を望む成相山の中腹にある。 元々は、日本古来の山岳宗教の修練場であった。
今でこそ、ケーブルやリフトに乗り、バスに乗り継げば簡単に本堂まで行くことが出来るのだが、 昔の修行僧は、海岸沿いにある寺院から毎日歩いて登った。
現在の本堂は、標高約350m付近にあるが、昔はもっと上部に位置していた。 日本全国にある五つの【聖の住む所】として信仰されてきた。
成相寺は、 慶雲元年(704年)に、真応上人が創建した。 元々は、高野山真言宗の寺院である。現在は橋立真言宗となっている。


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今回は昔、中世の修行僧が毎日登った道を自分でも歩いてみた。 八世紀には、海岸沿い(内海の阿蘇海)に国分寺をはじめ、沢山の寺院があったので、このあたりから登ったと思われ る。

当時は、西谷道、小松道、中野道、大谷道、真名井道の五つの道があったといわれるが、 真名井道 と小松道以外は、現在でも当時からの道しるべもあり、一応、機能しているようだ。
成相寺は、南北朝、戦国期において、激しい戦乱の場になっていた為、一時は 城として利用され ていた。 守護一色氏、守護代延永氏、若狭武田氏、国人石川氏などの有力武士が合戦をし、多くの武士が流血戦を繰り広げた。
今回は、大谷道から本堂まで登り、下りは阿弥陀ヶ峰城跡から右折し、中野道を下るルートをとっ た。 地図の他、スマートフォンのマイトラックというナビを使用したが、 予想以上に正確で、本格的な山岳以外であれば、もはやスマートフォン一台あれば、 地図もコンパスも不要と思われた。
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成相寺五重塔

平成12年(2000年)開基1300年を迎えるにあたり、五重塔が復元された。
平面は方三間,高さは百八尺(約33m)。
木造で、とても美しい。秋の紅葉シーズン、厳冬期の雪を被った時期にも訪れたい。
風や四天柱の突上げに耐えられるよう設計されて いる。
大災害をもたらした近年の台風のとき、周りの木々は倒れたが、五重塔は、しっかりと耐えた。
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成相寺に向かう中腹の笠松公園から、日本三景天橋立を望む。

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プロフィール

南方系海人

Author:南方系海人
ブログへようこそ!
古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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