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小夫天神社 元伊勢参詣第八番

ここも笠縫邑元伊勢伝承地である。天照大神は、笠縫邑で三十三年間鎮座し、丹後国与謝宮へと向かう。
笠縫邑の伝承地は、九カ所あるが、さてそのうちのどこを笠縫邑と断定できるのか、また数カ所なのかもわからない・・・。
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小夫天神社

天神社は、笠山荒神から数キロ下り、国道沿い左側に見える古社である。
参道は急な登りになっている。
元は、うしろの山が御神体のようである。


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社伝
倭笠縫縫邑・泊瀬斎宮 旧跡伝承地 往昔 小夫郷は倭笠縫邑と称せられ 当天神社 天照皇大神宮御鎮座は第十代崇神天皇即位六 年秋九月二十二日。神人分離の一大変革により、皇女豊鍬入姫命が皇祖を奉侍し給うた最初の霊 跡であり、当神社は斎宮山と称し、第四十台天武天皇即位二年夏四月大来皇女命が化粧川で禊さ れ、宮を泊瀬斎宮と為し、皇祖天照皇大神を奉斎せられ元伊勢として今日に伝えられている。 -社伝の石碑より-





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「往古、小夫郷は、笠縫邑と称せられ、当天神社天照皇大神官 御鎮座は、 第十代崇神天皇即位六年、秋九月二十三日、神人分離の一大 変革により、皇女豊鍬入姫命が皇祖を奉侍し給うた最初の霊 跡であり、当神社は笠宮山と称し、第四十代天武天皇即位二 年夏四月大来皇女命が化粧川で祓され、宮を泊瀬斎宮と為し、 皇祖天照皇大神を奉斎せられ、元伊勢として今日に伝えられ ている」 とあり、 平成祭礼データの小夫の天照皇大神社由緒略記によりますと、 「天照皇大神社は、桜井市大字小夫嵩方小字山ノ神に鎮座し、 祭神は天照皇大神、配祀神大山祗神を祀る。
社伝に、天照皇大神宮鎮座は、小夫天神社に座、天照皇大神 宮の御分靈を遷し奉りしと伝う。
小夫嵩方分離は元享年間の頃といい伝う。 天照皇大神社御由緒調査書、明治三十九年八月調によると、 元享元年(元享年間は四年)より明治三十九年まで604年 を経るとある。
当社の境内に杉一丈七尺廻りの大木あるを以て按に三百年以 後の神社たる事明らかなりと記録されている。
小夫嵩方は、真平山脈の頂上にあたる地勢により嵩方といい、 大和川の源で美わしい山紫水明の地である。
古代倭における磯城から山辺の境界線上にあたり、大倭郷と 呼ばれた高天原の聖地で、天照皇大神社の敷地山ノ神につづ く笠神は、倭笠縫邑の聖地にして小夫の笠神と並び元伊勢縁 の地である。
天照皇大神の鎮まる古代の小夫地方は元伊勢の発祥地であり、 御山と称せられし奥の鎮は中岳と並ぶ神山で、巨岩があり近 隣の割石神社とは古代の磐座である。
神の郷の故地として倭、大和の発祥地であることから近郷に はない社名であり、神聖なる地形から天照皇大神社として奉 斎されし所以である。
往時の神の郷は磯城峡谷の隠国とも称されてきた。
泊瀬川を逆り峠を越え小夫より寝地蔵、奥の鎮、笠神、割石、 真平山、中岳、貝ヶ平山に通じ、山岳信仰、太陽と水神の信 仰盛んなりし跡がうかがえるのである。 貝ヶ平山、真平山は大倭郷の線上に位置し、太陽神影向の山、 日の出の山と称されてきた。真平山脈より出づる細流は清き 流れの渓流となり、万葉の昔は聖なる山の聖水の流れで神の 河日の河と呼ばれた泊瀬川は、大和川となって豊富な水資源 は潅漑用水として、水穂国として農業に大きな役割を果し、 農林産物の宝庫となった。」



由緒 斎宮山鎮座 天神社略記から

倭笠縫の由緒 天神社社務所 大和の国原より望む、厳粛なる三諸の三輪山、美わしき山の辺の光景は、古代倭の 神々の鎮まり給う神山であり、東青垣の連峯は渓谷美優れ、その一円を大和日高見の 国と称せられる神の郷、一説に高天原ともいわれ、高貴尊崇の天つ神の 霊地であり、 聖地であります。

隠国(隠口ともいう。)の泊瀬の地を稜線に沿って、大和川の源流地帯を大和高原 に遡る、古は万葉で知られる泊瀬川で神の河、日の河とも呼ばれ、水源をなす秘境の 地にして、古代大和における倭笠縫邑という伝承があります。

往昔、神浅茅原と称せられし笠山より東方龍野、和田の山陵、小夫斎宮山、瀧倉山 の鬱蒼たる原始林を隔てて、眞平、 中岳、貝ヶ平三山と相対し、秋風落莫の頃となれ ば、太陽は中岳より昇陽、その陽光は雄大なる上之郷を、即ち神の郷の 里々谷々を照 し、置く霜を溶かして大和川の清流に黄金の波を湛える。

貝ヶ平山は大和における峻嶺にして、厳の如く天に聳え、眞平山は梢低く項き平に して、南北より中岳を挟みその山容 さながら伊勢二兄ヶ浦の夫帰岩に似ているのであ ります。

神の郷なる上之郷は伊勢の五十鈴川の上流に上之郷あり、大和川小夫の下流に釜ヶ 淵があって、同名称の釜ヶ淵が五十 鈴川の上流にある如く不思議に思える。

小夫郷は、往時、倭笠縫邑と称せられ幻の宮、泊瀬斎宮の斎王大來皇女御禊の伝承 地であって、小夫天神、笠山荒神、瀧蔵権現を斎奉り来れる古代倭にして、広大なる 上之郷には笠山、笠神の笠と称する地名が多く、また、笠の笠山より化粧 川、斎宮 山、小夫の笠神に至る地名は諸所に「神」「宮」「ロマンに満ちた字名」数多く、悠 久に神霊座します所、元伊勢発祥の地にふさわしく、遠い二千年余の古を想えば感慨 無量であります。

多くの史跡を御縁として、常世に伝承し、御神霊を拝し奉るよう希うものでありま す。
参拝日7月8日


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元伊勢とは皇大神宮(内宮)と豊受大神宮(外宮)が、 現在の伊勢神宮に祀られる前に安住の地を 求めて旅をし、一時的に祀られた神社、場所をいう。 天照皇大神は各地を遷宮され、 24箇所目が 伊勢神宮内宮皇大神宮である。

外宮豊受大神宮は、天照皇大神が、丹波(丹後)にいる豊受大神を呼ばれ、丹波国(丹後国) 比治 真名井神社を出発され、伊勢神宮外宮豊受大神宮に鎮座された。 ※神格は、外宮豊受大神が上とされる。

倭国笠縫邑~丹後国与謝宮~倭国~紀ノ国~吉備国~倭国~ 伊賀国~近江国~美濃国~尾張国~伊勢国~磯宮~渡偶宮(現伊勢神宮皇大神宮)

【倭国:笠縫邑伝承候補地】三十三年

檜原神社
巻向坐若御魂神社
桜井市茅原あたり
多神社境外末社笠縫神社
泰楽寺境内笠縫神社
志貴御県坐神社付近
笠山荒神宮
小夫天神社
飛鳥坐神社

元伊勢遷宮の長い旅は続く。
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南方系海人

Author:南方系海人
ブログへようこそ!
古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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