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箸墓古墳の埋葬者はだれか? 

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箸墓古墳と大市について

箸墓古墳(はしはかこふん)は奈良県桜井市纒向遺 跡の箸中に所在する全長282mの大型前方後円墳である。箸中古墳群の盟主的古墳であり、出現期古墳の中で も最古級と考えられている。卑弥呼が死亡したのが248年であり、 建造時期や大きさなどから卑弥呼の墓ではないかといわれている。
さて、写真にあるように、【大市墓】が、誰を指すのか?であるが、【日本書紀】、丹後一の宮籠神社の国宝海部系図に見ることができる。


【国宝海部の系図】
この系図は日本最古の直系図で国宝である。一人一人の名前の横に、当時の丹後国の国印が押されており、編纂の無い、極めて貴重な系図である。
その系図の中に、邪馬台国の女王、卑弥呼 と思われる女性の名前がでてくる。卑弥呼 の墓の有力候補といわれる奈良・纏向遺跡にある箸墓古墳、その 被葬者とされる倭迹迹日百襲姫(やまとととひももそひめ)の名が載っている。海部氏系図によれば、始祖、彦火明命(ひこほあかりのみこと)の九代目の孫に、日女命とあり、その横に、またの名を倭迹迹日百襲姫とする名前がはっきりと書かれている。また【日本書紀】には、箸墓について、「倭迹迹日百襲姫が死んで大市に葬る。時の人はこの墓を名付けて箸墓という」とある。
日女命=卑弥呼であるといわれていることから、卑弥呼は、丹後の女王である可能性が高い。
※彦火明命とは、饒速日(ニギハヤヒ)の別名である。
海部系図の始祖、彦火明命(にぎはやひ)は、天照大神の孫にあたり、ニニギの命の兄弟である。





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日本書紀 三輪山伝説
倭迹迹日百襲姫命 (やまとととひももそひめ )、大物主神 (おほものぬしのかみ )の妻と為る。然れ ども其の神常に昼は見えずして、夜のみ来(みた)す。倭迹迹姫命は、夫に語りて曰く、「君常に昼 は見えずして、夜のみ来す。分明に其の尊顔を視ること得ず。願わくば暫留まりたまへ。明旦に、仰 ぎて美麗しき威儀(みすがた )を勤(み)たてまつらむと欲ふ」といふ。大神 対(こた)へて曰(の たま)はく、「言理(ことわり )灼然(いやちこ )なり、吾明旦に汝が 櫛笥(くしげ )に入りて居ら む。願はくば吾が形にな驚きましそ」とのたまふ。ここで、倭迹迹姫命は心の内で密かに怪しんだ が、明くる朝を待って櫛笥(くしげ )を見れば、まことに美麗な 小蛇(こおろち )がいた。その長さ 太さは衣紐(きぬひも )ぐらいであった。それに驚いて叫んだ。大神は恥じて、人の形とになって、 其の妻に謂りて曰はく「汝、忍びずして吾に羞(はじみ )せつ。吾還りて汝に羞せむ」とのたまふ。 よって大空をかけて、御諸山に登ってしまった。ここで倭迹迹姫命仰ぎ見て、悔いて座り込んでし まった。「則ち箸に陰(ほと)を憧(つ)きて薨(かむさ )りましぬ。乃ち大市に葬りまつる。故、 時人、其の墓を号けて、箸墓と謂ふ。

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箸中古墳群

紹介文

陵墓「倭迹迹日百襲媛命大市墓」。 全長約280m、葺石、周濠を有する前方後円墳。 陵墓のため墳丘の詳細な調査は行なわれていないが、前方部・後円部ともに3段以上の 段築を持ち、後円部墳頂に竪穴式石室を有すると思われる。 墳丘表面から採集された特殊器台形埴輪や二重口縁壺の破片、周濠から出土した土師 器などによって、箸墓古墳は前方後円墳の中でも最古級に位置付けられており、築造 時期は3世紀中頃~後半と推定される。

孝霊天皇の皇女・倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)が埋葬された陵 墓として宮内庁が管理している。邪馬台国の女王・卑弥呼又はその後継者・台与が埋 葬された蓋然性が高いと考える研究者も多い。果たして・・・

2009(平成21)年5月、国立歴史民俗博物館の研究グループは、周濠から出土した土師 器に付着した炭化物を科学分析した結果、240~260年のものと発表。出土状況から土 師器は箸墓古墳が築造された同時期に廃棄されたとみられ、箸墓古墳が248年頃に死 亡したとされる邪馬台国の女王・卑弥呼の墓の可能性が高いとした。科学的裏付けに よって箸墓古墳の築造時期が証明されたと評価する声がある一方、慎重な見方をする 研究者も多い。

2009(平成21)年9月、桜井市教育委員会は墳丘周辺部の発掘調査で、外濠の外縁部に 盛り土の跡を発見。2重の濠が墳丘の周囲を廻っていたことが確実になったと発表し た。

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Author:南方系海人
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古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
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