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出石神社 アメノヒボコの本拠地


応仁の乱、山名氏の本拠地として有名な城下町、出石に鎮座する、天日槍をお祀りする古社

【出石神社】
兵庫県出石郡出石町宮内。
 旧国幣中社(現、別表神社)。
祭神、天日槍、出石八前大神
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通称は一宮さん。当社は、但馬国一の宮として尊崇されている大社。
伝承によると、谿羽道主命と多遅麻比那良岐とが相謀って天日槍命を祀ったといわれています。
「出石神社は、天日槍命(あめのひぼこのみこと)が、新羅の国よりお持ちになりました八種の神宝を出石八前大神として、また、天日槍命の大御霊を御祭神として斎祀しています。  天日槍命は、『古事記』、『日本書紀』ともに新羅国王の王子であり、日本に渡来されたとし、その事蹟は記紀のほか『播磨国風土記』『筑前国風土記』逸文等にうかがうことができます。 八種の神宝とは、『古事記』には珠二貫(たまふたら)・振浪比礼(なみふるひれ)・切浪比礼(なみきるひれ)・振風比礼(かぜふるひれ)・切風比礼(かぜきるひれ)・奥津鏡・辺津鏡の八種としています。 天日槍命のご子孫には、田道間守命(たじまのもりのみこと)や、神功皇后があります。 神社の創立年代はあきらかではありませんが、社伝の『一宮縁起』には、谿羽道 主命と多遅麻比那良岐と相謀り、天日槍命を祀ったと伝え、諸書によりますと、 遅くとも八世紀のはじめ頃にはすでにこの地で祭祀がおこなわれていたことがうかがわれます。 但馬の国一宮として当地では別名を一宮さんと呼び尊敬されています。 天日槍命は泥海であった但馬を、丸山川河口の瀬戸・津居山の間の岩山を開いて 濁流を日本海に流し、現在の豊沃な但馬平野を現出され、円山川の治水に、また 、殖産興業に功績を遺された神として尊崇を集めております。また、鉄の文化を大陸から持って来られた神ともいわれております。」

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社伝によると垂仁天皇の時、天日槍命が来朝し、当地を開拓したので、その徳を敬慕し、命が奉持していた八種の神宝を八前大神として祀った。八種神宝とは、玉津宝・珠二貫・振浪比礼・印浪比礼・振風比礼・切風化礼・奥津鏡・辺津鏡であり、このことは既に『延喜式神名帳』にも八座の神として明記され、名神大社となっている。更にこれより先、天平九年(七三七)神戸租調稲およそ一六八〇束を充て、承和一二年(八四五)七月に従五位下となり、貞観一六年(八七四)三月には正五位上に叙せられている、但馬国一宮として崇敬されて来た当社であるが、戦国時代に入ると、天正年間(一五七三-九二)豊臣氏のために社領を没収された。江戸時代には出石城主歴代の尊崇をうけ、小出、仙石両氏が社殿を造営した。本殿三間社流造、檜皮葺、本殿の前面に切妻造の幣殿が連なり、更にその前に舞殿形式の拝殿(入母屋造平入)が連なっている。社宝としては、重文指定の脇差一振(南北朝時代、銘但州住国光)がある。例祭一〇月二〇日、その他御年花祭(おはなびらまつり)が一月二二、二三日に行われる。
-『神社辞典』-

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天日槍 あめのひぼこ

夜明け近く白くかすむ川面の向こうに舟を漕ぐ音が響く。
「誰」とたずねると彼は名を告げた。「新羅の國の王子」と。
天之日矛あめのひぼこ(天日槍)は新羅(しらぎ)の国の王子として生まれた。ある日、天日槍は一人の若者から、新羅国アグ沼のほとりで眠っていた女性が美しい虹のような光をあびて産み落としたという赤い玉を譲り受ける。家に持ち帰り飾っていたところ、その玉は美しい乙女となり、天日槍は、乙女を妻にする。二人は楽しい日々を送るが、やがて乙女に対して不満をいうようになり、乙女は嘆き悲しみ「祖の国へ行きます」と天日槍のもとを去ってしまう。
乙女は日本の難波にたどりつき、比売詐曽(ひめこそ)神社のアカルヒメという祭神になる。一方、天日槍も八種の神宝を携えて日本へ渡ろうとするが、渡りの神に邪魔をされて、多遅摩(たじま) 国(但馬国)に上陸し、出石に住むようになる。
やがて、但馬の俣尾(またお) の娘、前津見(まえつみ)を妻にし、製鉄をはじめ大陸の優れた技術を持って天日槍は但馬に新しい文化をつくりあげていく。(古事記)

天日槍は朝鮮半島から日本に渡来した人々が信仰した神様だと考えられている。出石神社由来記には天日槍が、その当時入江湖であった但馬地方を瀬戸の岩戸を切り開いて耕地にしたと記されている。表現は多少異なるが古事記、日本書紀、播磨風土記にも天日槍とその一族は登場し、伝説と神秘に満ちた古代史を彩っていく。

「日本書記」には、垂仁天皇3年春3月に昔に新羅王子・アメノヒボコが神宝、羽太の玉、足高の玉、赤石、刀、矛、鏡、熊の神籬の7種を持参した事への言及があり、その渡来の記述がある。

ー但馬国出石観光協会HPー

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古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
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自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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