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新井崎神社 西日本の日本海側で唯一の徐福伝説

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北東北以外の日本海側で、唯一の徐福伝説地
また徐福の求めていた神桑が今でも自生する地域。
【新井崎神社】
祭神は秦の始皇帝の侍臣徐福を祀る。紀元前221年中国の統一に成功した秦王「政」は新たに皇帝の位をつくり始皇帝と名のり咸陽(今の西安)に都した。当時神仙思想が流行し仙丹に七返八環の法があって、この仙丹を服すると不老不死となることができるといわれ、権勢のある者は、この霊薬を求める者が多かった。
仙丹は三神仙(蓬莱方丈瀛?)に仙人が仙丹を練り不死の薬を蓄えているといわれた。
徐福が求めてきた神桑とは「九節の菖蒲と黒茎の蓬」であるとされている。
普通のよもぎと異なって葉の裏の白毛が少なく、生長するともぐさになる。
よもぎ餅に適する。
新井崎神社周辺の新井崎海岸に現在も自生している。

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始皇帝はこの神山にいたことがあるという方士徐福に仙丹を求めることを命じた。伝承によると七代孝霊天皇の時代に秦の始皇帝が不老不死長生の神薬を求め方士徐福がこの地を易筮によって予知し漂着した。その場所は箱岩である。
この地で徐福の求めた神薬とは九節の菖蒲と黒茎の蓬である。
徐福は仙薬を求むるままに、この地にとどまり、よく邑人を導いたので推されて邑長となり高徳は等しく仰慕の的となって死後産土神として奉祀されるに至った。

『史記』
秦始皇本紀二十八年
斉人徐市等上書言、海中有二三神山一、名曰二蓬莱・方丈・エイ州一、僊人居V之、請得下斎戒、与二童男女一求上V之、於V是遣下徐市発二童男女数千人一、入V海求中僊人上


徐福伝説地
http://www.asukanet.gr.jp/tobira/jofuku/jofuku.htm

http://www.linktolink.jp/jofuku/page10.htm

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【童男童女宮】(新井崎)

童男童女宮村人訛りてトウナンカジュクウという、其訛りに習ひて誰が書きたる縁起や童男寡女宮と記せり如何なる謂をしらず、古来秦の徐福を祭るなりと申伝ふ、俗に新井崎大明神といふ處なり。聴雨記続編朱子不註尚書處引、或説曰。日本有真本尚書乃徐福入海時所携者余初未之信也後観陽公日本詩有云徐生行時書未焚逸王百篇今尚存令岩不許伝中国挙世無人識古文先王典蔵夷貊蒼波浩蕩無通律則外国真有其本鴎陽之言未必無據朱子之不註者豈以是耶云。又始皇本記に徐福の事を載せたれども慥と日本にはあらず、然れども諸書を以て参考すれば徐福の日本に来る明なり、されども何れの御宇に来りて何れの国に居り如何様なる事をなしたるや、又其漂着せし處は何れの浜なりや其事蹟詳ならず、京洛西の大秦宮は徐福なりといふ秦の字をかけばなり、又紀州にもありと聞く、皆正史にのせたる事にあらず。

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南方系海人

Author:南方系海人
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古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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