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鯉喰神社(吉備)

【鯉喰神社(吉備)】
【由緒】
吉備の国平定のため吉備津彦の命が来られたとき、この地方の賊、温羅が村人達を苦しめていた。
戦を 行ったがなかなか勝負がつかない。
その時天より声がし、命がそれに従うと温羅はついに矢つき、刀折れ て自分の血で染まった川へ鯉となって逃れた。
すぐ命は鵜となり、鯉に姿を変えた温羅をこの場所で捕食 した。
それを祭るため村人達はここに鯉喰神社を建立した。
社殿は元禄14年(1701)4月、天保13年3月に造営し現在に至った。
大正6年4月、庄村矢部字 向山村社楯築神社を合祀した。大正6年10月4日神饌幣帛供進神社に指定された。

【御祭神】
夜目山主命
夜目麻呂命
狭田安是彦
千田宇根彦
rps20130722_201148.jpg

【吉備の国 古代年表】
300年 日本 崇神天皇(第10代天皇即位)太歳甲申(庚申:甲申264年の36年後)
310年 百済応援に、吉備の先住民の出雲振根(百済の王子温羅)が筑紫に行った。
その後、吉備に帰還したが、吉備の石上神社を大和に移し、石上神宮に遷し加え祭る。


この神社の狛犬は、なんと備前焼きである。
この地方では、さほど珍しいものではないそうだが、丹後では、まず見かけない。

rps20130722_201253.jpg
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南方系海人

Author:南方系海人
ブログへようこそ!
古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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