スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

大虫神社と白い犬

【大虫神社と白い犬】

【社格】旧府社 式内社・大虫神社(官幣名神大社) 式内社・阿知江神社(官幣小社)1881年大虫神社に合祀

【御祭神】本社 大己貴命 太田命 少童命 
     末社 若宮神社 遷座用仮殿

     倉稲魂命(うかのみたまのみこと)
     大鏡神社 
     現皇稲荷神社


【由緒等】「延喜式」神名帳に、与謝郡「大虫神社名神大社」とある式内社で、855年「丹波国大虫神社加 従四位下」とあります。
元々、大江山の池ケ成の地に小虫神社と共に鎮座していたが、中世室町時代 初期に現在地へ移された。
旧社地には、今も御手洗の池が残っています。
古代から、朝廷、貴族や武士に至るまで崇敬が厚く、 成相寺の国宝『丹後国 郷保荘田数目録帳』に当社領一四丁七反二三六歩と記され、今も御供田、灯明田、油田等の地名が 残っている。
用命天皇の皇子磨呂子親王が、鬼賊退治の時、必勝祈願の為、自ら神象を作り奉納した伝説があります。
(火災により消失)
明治十四年、温江小字湯の谷にあった阿知江神社(少童命)と床浦神社(大田命)を合祀した。
昭和四年、鎌倉期の経巻紙が出土し、そこに「秦氏兄弟」と書かれて注目されました。
この狛犬は、磨呂子親王の鬼退治に出てくる、鏡をぶら下げた白い犬です。
この辺りは温江地区といいますが、昔は「あちえ」といいました。
大虫神社は、昔阿知江郷16ヶ村の鎮守で
加悦町後野地蔵堂付近に一の鳥居がありました。
境内から経塚が発掘され、鎌倉時代の経巻及び願文紙片約十軸が出土した。

rps20130702_185958.jpg

与謝郡河守荘三上の嶽(大江山鍋塚)に、栄胡、足軽、土熊(土蜘蛛)の三鬼が棲み、朝廷 の命に服さず、人々を苦しめていた。
鬼賊征伐を命じられると、用明天皇の第三皇子、麻呂子親王(聖徳太子の異母兄弟)は、推古天皇の命をうけて、塩干、松干らの実弟を連れて、三上ヶ嶽の土賊を攻めた。
磨呂子の軍は、馬堀から
河守、雲原を経て、仏谷に入り、自ら薬師如来像 を刻み、神徳の加護を祈願したのち、征伐に向かった。
丹後におもむく途中、額に鏡をつけた(一説には、首に鏡を掛けた)白い犬が現れて、親王にその鏡を献 上し、鬼賊の住む岩窟までの道案内を申し出た。
これこそ神仏のご加護と感じた麻呂子親王は、喜び勇ん で進み、鬼の窟に着くや、栄胡、足軽の二鬼を首尾よく退治することが出来た。
しかし、土熊には逃げられてしまった。
親王は、逃げた土熊を追って竹野郡の岩窟に至ったが、土熊の姿 はかき消えてしまった。
このとき、白犬から献上された宝鏡を松の枝に掛けたところ、肉眼では見えない土熊の姿が歴然とその鏡 に映ったのでこれも退治できた。 鬼賊征伐成功の後、麻呂子親王は、この宝鏡を、三上山(大江山)の麓の大虫神社に納めた。 大虫神社には、この白い犬が付けていた宝鏡が祀られていたが、火災で焼失してしまったそうです。
(参照資料:加悦町誌1974年12月など)

rps20130703_115933.jpg

【鍋塚】
鍋塚は、古代において、三上ヶ嶽といい、与謝の大山(大江山)の、千丈ヶ嶽、鳩ヶ峯に次ぐ三番目の高峰で、丸く、鍋をひっくり返したような美しい山です。
麻呂子親王が鬼退治に成功すると、愛用の白馬が死んだので、その 馬を葬り、その場所を鍋塚と言ったといいます。
それが後世、山そのものの名となっ たようです。
この鍋塚の鞍部を加悦へ越す峠が加悦峠で、藩政時代は、こちら も加悦も同じ宮津藩領で、結構往来があったようです。加悦側へ少し下りたと ころに池ケ成公園があり、ここに大虫神社、小虫神社の元宮がありました。
白犬を葬っ たところと伝えています。

温江、池ヶ成、鬼の岩屋などの間には、狼煙や鏡での連絡が行われた事が予想されるといい、宝鏡、鏡山古墳、鏡神社があります。

rps20130703_142632.jpg

明治維新の志士、清河八郎がこの地に訪れ、日記西遊草に「大江山の入り口、温江村に至る。
小さき宮あり。この神を犬の教えという。この神、犬となって源頼光を導きなされたといえり。
大江山の頂近く、道のかたわらに【とくら明神】あり。
力を祈る神という」とあります。

rps20130703_120005.jpg

当地の伝承によると、大虫神社の祭神は大国主命で、小虫神社の祭神は少彦名命であり、大国主が妃についた土鬼を追い払う為に、少彦名の提言で設けた神社で、この地に悪行を働いた 土蜘蛛(鬼)を大国主命と少彦名命が平定し大国主命が大虫の神(大虫神社)、少彦名命が小虫の神(小虫神社) として祀られたのが始まりと伝えられています。

rps20130702_185906.jpg

元伊勢内宮皇大神社にも白い犬の伝説があります。
大江山には有名な酒呑童子伝説より もさらに古い鬼伝説が伝わっており、 このお社にはこの鬼伝説にまつわる白 犬の話が伝えられています。
聖徳太子の時代、大江山には英胡、 軽足、土熊という三匹の鬼に率いられ た鬼神たちが盤踞していました。
鬼討伐を命じられた麻呂子 親王は、官軍を率いて大江山を攻めた ものの、鬼たちは妖術を使って姿を消 したので攻めあぐねていました。
この とき麓に鎮座する元伊勢皇大神宮のお使いの二匹の白犬が現れて
額の鏡で照らしたため、鬼たちは姿を消すことはできなくなり、大江山を平定する ことができました。
戦いの後に死んでしまった二匹の犬は山頂近くの池ヶ平に葬られ、額の鏡は北山 麓の加悦の「大虫神社」と南側の仏性寺の「美多良志荒神」に祀られています。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

南方系海人

Author:南方系海人
ブログへようこそ!
古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。