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若狭最大の古墳 上ノ塚古墳

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【上ノ塚古墳】

じょうのづかこふん
福井県三方上中郡若狭町脇袋古墳群にある前方後円墳で、国史跡。
埋葬施設、埋葬者は不明。
若狭地方における最大の前方後円墳で、4世紀末から5世紀前葉に造られたと考えられる。
膳部(ぜんぶ)山の西側山麓に7基あったと伝えられる脇袋(わきぶくろ)古墳群中最大で、
主軸方向を南北に取り、前方部が北を向いている。
全長約100m、後円部径約64m、前方部長約48m、3段に築造されており、
原形をよくとどめてお り、盾型の周濠の存在も確認できる。
墳丘には、葺石、埴輪、木柱がめぐらされている。

若狭の前方後円墳は現在17基が確認されており、西塚古墳・上ノ塚古墳・中塚古墳・上船塚古墳・下船塚古墳の5基は、国の史跡に指定されている。
丹後同様、古くから渡来人の上陸した地域であり、中国や朝鮮半島から渡ってきた出土品も数多い。
石室が露出した円墳も見学可能で、出土品は若狭町歴史文化館で見るこ とができるそうだ。

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埋葬者は、地元では若狭国造氏、膳臣(カシワデノオミ)といわれているそうで、その支族が脇袋古墳群や天徳寺古墳群なのでしょう。
丹後など、日本海沿岸の地域の特徴として、巨大な前方後円墳、ヤマト政権と関わると同時に、古くから独自に大陸、半島や九州の氏族とも交流していた様子が理解できます。
古墳からの出 土品には、極めて異例な広幅式冠帽や角杯形土器があり、当時の表玄関日本海ルートによる交流の事実を証明しています。
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南方系海人

Author:南方系海人
ブログへようこそ!
古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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