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私市円山古墳

【私市円山古墳】

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私市円山古墳は綾部市の由良川水域にある京都府最大の円墳です。
全長は81m、下の荒れ地も入れれば、更に大きく、日本最大の可能性もあると思っています。
因みに埼玉県の丸墓山古墳が日本最大で、全長105mもありますが、この私市円山古墳は、山の頂に作られている為、丸墓山古墳より、とてつもなく大きく、地上の田園地帯から見上げると、まるで、そびえ立つ要塞のようにも見えるほどです。
私市円山古墳は、倭の五王時代(雄略含む)である五世紀半ばの古墳なので、大丹波王国(丹後、丹波、但馬)分国以前の巨大な王墓といえます。

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元々日本の古墳は、方墳に始まり、やがて円墳が登場し、前方後円墳、上円下方墳、八角墳や六角墳もくふうされ、終結します。
この私市円山古墳は、造りだし部があり、巨大な円形に方墳がくっついたような形状です。

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この地域は、方墳等の古式の古墳が主流だったようですが、土師川、牧川流域以外では、福知山盆地全域に、円墳が出てきます。
その中でも途出しているこの巨大な古墳は、中性の山城的な、大和勢力を威嚇させる役割もあったのではなかろうか。
丹後羽衣天女伝説の磯砂山から日室嶽、元伊勢外宮、伊勢神宮までは、夏至の太陽が沈む一直線上にあり、ここ私市円山古墳も、ほぼそのライン上に位置します。
埋葬者の二つの木管から、一領づつの甲冑、矢を入れる燦然と光輝く胡ろくと呼ばれる容器や刀剣、その他、くが玉、菅玉、鏡、剣、刀、鏃などの副葬品が出土しました。
ここの、金の胡ろくは、畿内では出土していないので、日本海から丹後を通じて入った可能性があるといいます。
また、私市円山古墳は、二つの棺が、太陽信仰である海人族と同じ東枕であり、畿内の北枕と異なる。
この事から、天火明命を祀る大丹波王国の王ではないだろうか。
四世紀から五世紀にかけて、古墳を北枕にする分布域は、ほぼ、畿内、山口から播磨までの、瀬戸内北岸、出雲。
東西方向は、九州、四国、丹後、但馬、丹波辺りという。
これは、俗に言う南方系海人族を意味しているように思えてきます。
しかし、矢を入れる胡ろくは、騎馬民族から来ているという人もいます。

http://club-ayabe.ciao.jp/clubayabe-kisaichi.html
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南方系海人

Author:南方系海人
ブログへようこそ!
古代丹後には王国があり、近年の調査で少しずつ証明されつつあります。
また丹後には、素晴らしい自然と伝説が沢山あります。
7000以上もの古墳、遺跡、史跡を自分で歩き、古代からつづくロマン街道や、元伊勢、神社、古墳、山城を旅する記録です。元伊勢伝承地は全て廻ります。
郷土のコアな伝説は、現地に何度でも行って調査します。
私は歴史家でも考古学者でもありませんが、郷土を愛し、歴史を知りたくて開設しました。
ホームページでは無く、あくまでもブログです。
間違えた認識もあるかと思います。
自分が調査した事を纏め、日記帳として利用しています。

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